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頭脳史
ZUNOPAN

頭脳パンの始まり

「小麦ビタミンB1が頭をよくする」という事を主張した林髞慶応大学教授(故人)は生理学者で、1955年代に 「ビタミンB群が不足すると頭の正しい働きができなくなる」と主張し、とりわけ脳髄に重要なのはビタミンB1」と説いた。
「頭のよくなる本」を出版。推理小説家。

1960年7月に、その説を実際に商品に応用したのが「頭脳パン連盟」。
連盟規約を作り、中心になったのが大手製粉メーカーを退社し 「製粉技術中央研究所」というコンサルタント機関を興した大橋二郎(故人)という人物。
頭脳パン連盟規約は大橋会の名前で出されている。頭脳パン連盟と大橋会は同一。

1955年代当時の業界紙によると、頭脳パンの基になる頭脳粉は「世界に例の無い特殊な製粉技術から生まれた」という。 これが大橋式特殊挽砕法で、当時、中小の製粉メーカー10社が「頭脳パン連盟」に加盟した。(現実的に頭脳粉を研究開発したのは金沢製粉)

同連盟の目的は「パンを通じて日本民族の頭脳と身体の障害克服に寄与すること」にあり、頭脳パンの製造指導、 普及と宣伝などを事業活動においていた。

現在この「頭脳パン連盟」は所在も会員数も判明しない有名無実の機関。(以上ニッポン消費者新聞より抜粋)

伊藤パン時代

「頭脳パン連盟」とは「頭脳粉」を開発した製粉会社と製パン会社の団体のことであり、1960年結成、現在は「連盟」としての活動はしていない。

現在頭脳粉は石川県の「金沢製粉」で製造、頭脳パンは「伊藤パン」が関東で製造販売している。

伊藤パンでは連盟結成当時も頭脳パンを製造していたと思われるが、40年も前のことなので、残念ながら当社に詳しい記録が無い。

頭脳パンの復活

干しぶどうが入った元祖頭脳パンが当時のオリジナル商品であった。
「頭脳パン」の復活第一号は1992年発売。 以後改良を重ね、デザインも一新。第二号のマーガリンサンドが94年6月、第三号のミルククリームサンドが同年10月に発売される。
この時に現在の「頭脳博士」が登場することになる。

第一次頭脳パンブーム

この商品が、テレビで紹介された事も手伝って月50万個のヒット商品になる。
当時の毎日中学生新聞のコラムに「柔らかくてクリームもたっぷりサンドしておいしい。味もあっさりしている。研究のたまものである。」と評価されている。


超頭脳パンの登場

ついに20世紀末の12月「超頭脳パン」が登場。
頭脳パンと超頭脳パンの違いは頭脳パンの中身やパンに秘密がある。
頭脳パンをさらにグレードアップしたのが超頭脳パンです。

受験生グッズになる

2001年1月頭脳パンが受験生グッズとして注目を浴びる。
朝日学生新聞社の「朝日中学生ウィークリー」に頭脳パンとおみくじシールが紹介されたことを皮切りに、 TBSラジオ「日本列島ほっと通信」で山岡京子アナウンサーに受験生にピッタリな「パン」があると言うことでインタビューを受ける。
そして、テレビ朝日「ニュースステーション」の番組中「中学生のお受験が本格化」というニュースで受験生に頭が良くなる? 食品があるということで頭脳パンと生産ラインを紹介され、インタビューを受ける。

ふんわり頭脳パン新登場

2002年10月ふんわり頭脳パンが新登場。 ふんわり頭脳パンとは生地をソフトにしてふんわりと焼きあげ食べ易くしたパンです。
頭脳博士から「生地の配合を変えて、パンだけでもおいしく食べられるように開発したのじゃ!」と説明がありました。

日本一頭脳パンが売れる店

日経トレンディ(2003年9月号)の「日本一!大集合」の企画で、 頭脳パンが日本一売れる売店と言うことで「上智大学11号館地下の売店」が紹介されました。
ちなみに2位は東京大学購買部でした。